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May 20

May 8
“ この男は戦争の恐怖のあまり性的不能におちいり、その後、幼時から兆候のあった露出癖を嵩じさせていた。戦争の恐怖(殺されることへの恐怖あるいは殺すことの恐怖、いいかえれば戦場をかけめぐる暴力的で不条理な死自体への、敵も味方もない恐怖)は、つねに激烈に性と結びつくとかつて一度も戦場に出たことのないぼくには考えられ、戦場における強姦は他のいかなる場所における強姦ともことなって、一種のきわめて切実な人間的なるものの発露を感じさせるように空想される。この戦場がえりの不能者は、酒場の土間の暗い片隅で黄色の光をうなだれた額にうけ、ぐったりと木椅子の背にもたれかかり、ジッパーをひらいたズボンの前あきから覗いている萎縮した性器を見つめていた。かれを見て夜の女どもが笑いはやしていたが、かれはその嘲笑に耳もかさず、時どき額をあげては真摯きわまる、救いをもとめ神をよぶような眼であたりを眺めまわすだけで、じつに永いあいだ自分の萎縮した性器を見つめつづけていた。
 勃起した陽根について美的な印象をいだくことは可能だろう、しかし萎縮したそれはあらゆる美的感慨を拒む力をもっている。それは人間の肉体を一つの国民にたとえれば、そのなかでの賤民だ。古来、多くの歌が勃起した陽根を歌ったが、この賤民は殆ど歌われていない筈である。この戦場がえりの不能者のそれも、眼をそむけさせる醜さであったが、かれの祈るような眼には、まさしく人間の人間的なものに由来する切実な緊迫感と悲劇性とがあって、ぼくの胸を熱くさせた。
 売春者としての職業意識からこの男を見る女たちが、嘲笑をしか反応として示さなかったことはむしろ当然だが、感動したぼくは、いついかなる瞬間にか戦場へひきずり出され友人たちに変死をとげられ、恐怖のあまりに性的不能になりかねず、しかもこの忌わしい勃起不能の性器に執着せざるをえない若い戦場がえりに、みずからなりかねない現代世界の青年の一人としての連帯意識から、かれを見つめていたことになるだろう。
 この滑稽にして悲壮な現代の疲労したドン・キホーテ、戦場がえりの露出癖のある性的不能者は、ぼくに、戦場への恐怖と性的焦躁という、現代の青年の殆どをとらえている世界的な暗黒の病患のあきらかな顕現として、人間の悲惨をしみじみ味わわせたが、一面では、しかもなお恐怖の暗黒をのりこえ勃起の回復を祈りもとめる、人間的な勇気の根強さをもおしえた。かれは嘲笑に耐えてじっとうなだれ、ひらいたジッパーのあいだの醜く萎縮した性器におこるべき奇蹟を、神の奇蹟をまつキリスト教国の一青年らしい真摯さで待ちのぞんでいたのだ。人間的な本質をもちこたえつつかれを嘲笑しうる者はいない。”
大江健三郎『われらの性の世界』(1959)

Jan 28

psychopompos93:

Selknam, Hain Ceremony, Tierra Del Fuego By Martin Gusinde, 1923


Nov 6
moji:

報知新聞7面 1926年10月15日武蔵野館・富士館・浅草帝國館等、封切り映画案内
(via 東京大学総合研究博物館画像アーカイヴス)

moji:

報知新聞7面 1926年10月15日
武蔵野館・富士館・浅草帝國館等、封切り映画案内

(via 東京大学総合研究博物館画像アーカイヴス)

(via higuchinko)


Oct 16
yajifun:

tsoptsalymsisiht:

quincampoix:attentives:floresenelatico:


Costume for the Triadic Ballet from “The Theater of the Bauhaus”








(via softstage)via Travess: viaworkman:

1926

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quincampoix:attentives:floresenelatico:

Costume for the Triadic Ballet from “The Theater of the Bauhaus”

(via softstage)via Travess: viaworkman:

1926


Jul 3

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